あこがれ

「いつか自分の店を持ちたい」

そんな夢を、むかしからぼんやりと抱いていた。

でもまさかこんなに早く自分の店をはじめることになるとは思っていなかった。
そのきっかけをくれた人が、ふたりいる。

今日は、そのうちのひとりについて書きたい。

—————————-

兵庫に2年半ほど暮らしていたときのこと。
引っ越したばかりのころは、知らない土地で知り合いもおらず、関東とはどこかちがう空気に圧倒されて、外に出るのがこわくなってしまった。

仕事は在宅でできるから、毎日パソコンやスマホの前に座っていた。けれど、人と関わらなさすぎる生活は、少しずつ心を蝕んでいった。途中で就職(といっていいのか分からない、3ヶ月働いても給与をもらえなかった)を試みたり、アルバイトをしたりもしたけれど、どれも長くは続かなかった。
自己否定ばかりが積み重なり、「生きている意味ってなんだろう」と思いながら過ごしていた。

そんなある日、京都に「図書館兼喫茶」があると知った。有名建築家が手掛けた建物だと聞いて、訪ねてみることにした。

—————————-

一乗寺のさらに奥、住宅街の中にひっそりと佇むその場所。
「本当にここにあるのだろうか」と思いながらたどり着いた先に、それはあった。

扉を開けると、大きな窓の向こうに檜林と桜の木。
日常とはちがう澄んだ空気に、思わず息を呑んだ。

ロッカーにスマホを預ける仕組みがあり、久しぶりにデジタルから離れた時間を過ごしてみることにした。

店内には音楽は流れておらず、聴こえてくるのは鳥の声と木々のざわめき。自然に囲まれながら本をめくり、丁寧に淹れられた飲み物をいただく。

…その瞬間、長いあいだ見失っていた「自分」を、少し取り戻せた気がした。

なにより心に残ったのは、店主さんの姿。
纏う空気そのものが美しくて、「こんな人になりたい」と強く思った。

—————————-

そこで気づかされたのは、すぐそばにある幸せを忘れていたこと。
外に出れば鳥がいて、空を見上げれば青が広がり、木漏れ日や星が輝いている。子どものころはあたりまえに感じていたことを、大人になってから見失っていた。

その喫茶が、わたしに思い出させてくれたのだ。

「いつか自分も、デジタルから離れて自然を感じられる場所をつくりたい」とその時に思った。

店主さんがネルドリップで珈琲を淹れる姿を見て、わたしも真似して勉強をはじめた。
心がざわつくたびにその場所を訪ね、少しずつ自分の未来を思い描くようになった。

—————————-

そして関東に戻ることが決まり、自分の店を持つことにもなった。

京都を訪れたとき、勇気を出して店主さんに伝えた。
「◯◯さんに憧れて、私もお店をはじめることにしました。」

店主さんは、優しく笑ってくださり、今度お店に来てくれると約束してくれた。

ーー それから半月。
明日、その憧れの人が、わたしの店に来てくれる。

不安もあるし、ちゃんと話せるか心配で仕方がない。
けれど、こんなにも尊敬する人が足を運んでくれるのだから、
わたしにできる精一杯で、心からの時間をお届けしたい。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です