いっちゃんが営むコーヒーショップには、従業員が十名ほどいた。
たまにインスタグラムに流れてくるミーティング風景を見ては、「仲のいいお店なんだな」と思っていた。
当時のわたしは、兵庫で二年ほどほぼ引きこもりのような生活をしていて、友達も少なく、スーパーの店員さんと話すのさえ怖くなっていた。
学校や会社の集団に馴染めた経験もほとんどなかったから、ミーティングに自分が混ざっている光景を想像できなかった。
正直に「お店で働くことには興味があるけれど、人と話すのが本当に苦手で、馴染める気がしません…。」と伝えると、いっちゃんは「みんないい人だからきっと馴染めるよ。大丈夫」と言ってくれた。
怖かったけれど、いっちゃんが大丈夫と言ってくれたことと、自分の店を持ちたいという気持ちが背中を押して、勇気を出して飛び込むことにした。
…彼女が作る場には、「いつか自分の店を持ちたい」と夢見る人たちが集まっていて、みんな本当にいい人ばかりだった。
わたしのような、地元の人間でもない、仕事もデザインをしているようでしていないような、なんだかよくわからない人間も受け入れてくれた。
ちょうどその頃、別のカフェでもアルバイトを始めることになっていて、そちらの人たちもまた優しくしてくれた。
兵庫で二年も引きこもっていたのに、突然やさしい人たちとのつながりが沢山できて、戸惑いながらも、すごく幸せだと感じていた。
珈琲への知識も、次第に深まっていった。
…そんなある日、ほんとうに急に、数カ月後関東へ引っ越すことが決まった。
引っ越しのことを打ち明けたのは、いっちゃんだけだった。なんとなく、「いっちゃんには、早く伝えないと。」と思った。
彼女は泣いてくれた。私もボロ泣きだった。
「一緒に思い出をつくろう」と言ってくれた。