鬱について研究

鬱のとき、自分が別人になる理由について考える。

鬱があけると、鬱だったときの記憶がすっぽり抜けてしまうから、残しておきたいと思った。

双極性障害は、気分の高ぶり(躁状態)と気分の落ち込み(うつ状態)を繰り返す脳の病気で、どうやら遺伝するらしい。

もともと、なりやすい遺伝子を持って生まれてきて、

長期的なストレスによって脳内の神経伝達物質のバランスを崩し、この病気になってしまう。

今思い返してみると、高校生の時に発症して、ここまで来ていると思う。

この病気は、基本的に、一生治らないらしい。

今日は悪夢を見て起きた。起きたら、なんだか昨日と違う感じがした。

まず、はじめに、人に会えないと思った。鬱のときの記録として、思ったことをそのまま。時系列順に。

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起きた瞬間きつい。嫌な夢見た。こころがいたい。からだがおもい。笑顔になれないから営業したくない。病気のせいでこうなのかただの怠惰なのかわからない。休むなら11時までにストーリー上げないといけないのに、怠惰なのか鬱なのか分からないから、どうしたらいいか分からない。今からスーパーに行って店で掃除して接客してコーヒーいれて片付けるのがつらい。布団から出たくない。休んでいいのか分からない。私はお金稼げない。休んだら、また営業日がへってしまう。営業日のカレンダーも作らないといけない。作らないといけないのに予定が決まっているのが辛い。今日休んだらまた後悔すると思う。でも体が動かない。こころがいたい。胸のところが痛い。家賃も上がるかもしれない。珈琲もあがるかもしれない。営業しないといけない。焙煎しないといけない。他の店と比べて落ち込む。安い豆使えばいいのかもしれないけど美味しくないもの出したくない。手が抜けない。何でやるのか分からなくなってきた。みんなが嬉しそうだと嬉しい。喫茶店がすき。でもじぶんには出来ないのかもしれない。みんな、じぶんの理想の店をやりながらちゃんとお金を稼いでいる。このままやってていいのかわからない。不安。この先、どうなるか分からないのがこわい。特にお金を稼げないからこわい。今死んだら怖くなくなる。今は大丈夫だから、今やめれば、未来も大丈夫になる。どうせ子供もつくれない。子供ほしいけど病気だから不幸にさせてしまうと思う。店をちゃんと黒字化できる気がしない。休んだらお客さんがっかりするかもしれない。天気がずっと悪いのがだめな気がしてきた。きょうも、外の音が、雨降ってそうな音してる。営業日カレンダー作らないといけないけど、予定決めるのが怖い。また出来なくなったらどうしよう。外に出たくない。スーパーに行きたくない。どんどん時間が過ぎる。営業した方がいいのかな。これは怠惰なのか。雨にあたりたくない。雨の中外に出たくない。体が動かない。なんでこうなるのかわからない。怠けているのか、なんなのかわからない。病気のせいなのかどうかわからない。

————————-8:49

休んでしまった。もうだめだ。なんでこうなるのかわからない。明日も不安になってきた。みんな、いつ営業するのかと思っているんじゃないか。休んだことによりこころが余計痛くなった。休んじゃだめなのに休んでしまった。何も出来ない。本当はできたのかもしれない。なのに、自分がだらけてて、できないと思ったのかもしれない。これを繰り返している。自分がだめだからこうなる。何でこんなにできないのか、普通になりたい。会社員なんてできる気がしない。できる気がしないというかできなかった。病気のせいにしたい。病気のせいでこうであってほしい。自分がだらけているんじゃないと思いたい。なんで死にたいのかわからない。この病気のせいで死にたいんだと思う。人が違う。脳がおかしいから病気なんだ。一生治らない。一生こうなんだと思うと死にたくなる。みんながんばってるのにがんばれない。頭が痛くなってきた。くるしい。

————————-9:11

心が痛い。病気になりたくなかった。普通にデザイナーとして会社で働きたかった。みんなとは違う。友達はみんな毎日がんばっている。わたしは、デザインも中途半端だし、喫茶店も毎日営業できない。そんなに長い時間じゃないのにできない。絵も描きたいけど描けない。なにもできない。

————————-12:14

冷静になってきた。なんでこうなったのか考えた。鬱期というのもそうだけど、喫茶店のものがもろもろ値上がりして怖くなったんだと思う。珈琲豆は、浅煎りの方は半年で二回値上がりした。また、値上げされるんじゃないかと思う。家賃だったり諸々も上がるかもしれない。できれば値上げしたくないけど、値上げしないといけないと思う。この流れはコロナ期、ウクライナ戦争から、ひどくなっている。社会のことを考えると病む。私の理想の社会には、どう頑張ってもならないのだ。争いが本当に苦手だ。怒りや憎しみ、恨み、嫉妬のような負のエネルギーが、私をどんどん暗くしていく。だけど、どうしようもないことも分かっている。

————————-17:11

少し元気になってきた。今回の鬱は、疲れと天気のせいで、軽いものだったと思う。記憶のあるうちに書くと、やはり鬱のときは違う自分になる感じがする。

思考が、狭いんだけど、広くなる。狭いというのは、まず、自分の悪いところばかりをずっと考えてしまう。視野がぐっと狭くなる。気にしなくていいことも、自己否定的になる。

広いというのは、そんな狭い視野から急に、人類や世界について考えている。なぜ人類は過ちを繰り返すのかや、この世界とはなんなのか、なんで自分は生きているのか、みたいな壮大なことを考える。

なんでこうなるのか、自己否定「自分はだめだ」 → 存在の問い「なんで自分は生きているんだろう」 → 宇宙レベルの問い「そもそも人類とは世界とはなんだ」となっているのだろう。

この問題点は、現実的な視点が消えてしまっているということ。「今どうするか」の中間思考が、抜けている。中間思考とは、今できることを考える、現実的に判断する、ほどよく折り合いをつけるなど「現実と自分をつなぐ思考」だ。これを担っているのは、脳の前頭前野である。

鬱状態のときは、私の前頭前野の機能が鈍っているということなのだろう。代わりに、扁桃体が(不安や恐怖)が強くなっている。脳の機能の調整がうまくいっていない。

こう、科学的な視点で考えると、私の自己否定は、そんなに重要じゃないのかなと思ったりもする。そもそも私の存在や、私が考えていることなんて、重要なこと(意味があること)は何一つないのではないか。全てに意味がない、ニヒリズム的な考えに落ち着きそうになる。

だけど、私は、全てに意味がないと感情に蓋をするのはなんとなくさみしく感じる。というのは、私は感情を持って生まれてきて、感情が私を幸せにしてくれるからだ。

————————-23:35

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