嫉妬

「嫉妬」という感情が嫌いだ。


誰かに対してそういう気持ちをもってしまった時に、私は私の弱さを痛感し、とても自分を責める傾向がある。

今、週1でカウンセリングを受けていて、「嫉妬」の話になった。

その話をしている時の自分は、なんだか自分でも驚くくらい、辛かった。


「他人のことなんて分からないのに、表面だけ見て、自分の中で『この人はこういう人なんだ』と決めつけて、嫉みや不安が入り混じったネガティブな感情を持つなんて、酷いと思う。おかしいと思う。

だから、他人に対して、ネガティブな感情をとにかく持ちたくないんです。万が一、他人に嫉妬しそうになったら、自分の弱さを痛感して、自分のことをとことん責めてしまいます。」


カウンセラーさんは、「髙橋さん、すごく嫉妬されてきたんだね。」と言った。

それと同時に、「髙橋さんは何かを羨ましいと思ってきたんじゃないかな。」と聞かれた。

思い返してみると、友人や家族から「あなたが羨ましい」というような発言をされた記憶が、たくさんある。
その度に「じゃあ変わってくださいよ」と絶望に落ちてしまう。

「私は、あなたになりたいよ。」
と思った。

私は「普通」が羨ましかった。
ここでいう「普通」とは個性がないとかそういう話ではなく、「普通に学校に行けて、普通に就職している人々」のことを指している。

私は、全く自慢にならないが、小学校中学校高校と全てでひとりぼっちで学校生活をおくっていた期間がある。
保健室登校しながら、単位ギリギリで卒業した。

成人してからは3社入社し、最短1ヶ月、次に長くて3ヶ月、最長で1年しか仕事が続いたことがない。
バイトは、1回だけ行ってやめたのが2社。行く前にやめたのも数社ある。

人に迷惑をかけてしまうから、どこかで働くことを家族から禁止されている。私自身も、迷惑をかけたくないからやめようと思っている。

客観的に、私はどういう部類に属するんだろうと考えた。
「社会不適合者」にも色々な部類があるように思う。

自己破壊的だったり、規範を守れなかったり、人を傷つけるタイプが頭に浮かんでくるけれど、自分ではそういう感じでもないなと思う。

むしろ、人を本当に傷付けたくないと思っている。

分かりやすく「社会不適合者」ではない私は、周りから、「普通の人間」として接されることが多く、というか大半はそうだった。

でも、「普通」にできた試しがあまりないのだ。

別に人を傷付けたり、引きこもりだったり、自己破壊的でなくても、社会に適応できない人はいるんだと思う。それが自分のように感じる。

「ああ、普通になりたいなあ。
普通に学校に行けて、普通に友達がいて、
普通に会社員をして、普通に子どもがほしい。」

何十、何百、何千回とこういうことを考えたことがある。

今、喫茶店をやっているのだけど、ひとりでやるしかなかったから、やっている。自分のためにやっている。

でも、苦しい。毎日が、苦しい。
なんでこんなに苦しいのか、また考える。

ずっと考えている。
どうしたら良くなるのか、どうしたら周りに貢献できるのか、考える。

自分のしていること、他人に言う言葉、行動は、裏を返せば、自分が他人からしてもらいたい、言ってもらいたいことなんだと思う。


私は、お店に来てくれるお客さんに「ここでは、あなたのままでいいですよ。」と言いたい。

人は、会社や学校、家、ひとりでいるとき、全部ちがう自分になる気がする。
私は、「孤独になりたくないけど、ひとりになりたい」と思う瞬間がよくある。
あなたがあなたのままで、安心できる場所を作りたかった。


つまり、私は誰かに「あなたはあなたのままでいいよ」と言われたいんだと思う。
誰も助けてくれないと知っているから、自分を励ますように店をやっているんだと思う。

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